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昔、あるところに、この上なく高慢ちきで性格の悪い女を二度目の奥さんにした、運の悪い男がいました。二度目の奥さんには、性格から何から何まで、母親そっくりの二人の娘がいました。男の方にも娘が一人いましたが、こちらは亡くなった母親そっくりのとても性格の良い娘でした。
一緒に住むようになると、性格の良い娘にまま母は、家の中の辛い仕事を全部押し付けました。水汲みやお掃除やお洗濯、買い物に食事の支度と後片付け。これはまま母がとても家事が苦手だったからですが、娘は言われた通りに何でもやりました。娘は元気いっぱいに太っていましたので、水汲みは辛い仕事ではありませんでした。お部屋も階段も暖炉もテーブルも、ピカピカに磨いてあった方が清潔ですし、快適に暮らせると思っていますので、娘はお掃除も嫌いではありませんでした。洗ったばかりの真っ白いシーツが、お日さまの下で翻るのを見るのも、とっても気持ちの良いものです。それに娘は食べることが大好きでしたから、美味しい料理を考えたり作ったりすることも、負担になるどころか楽しかったのです。
まま母と二人の娘は、いつからか娘を、シンデレラと呼ぶようになりました。シンデレラとは灰かぶりのことです。灰まみれになって暖炉の掃除をする娘を嘲笑ってそう呼んだのですが、娘は家事の楽しみも知らない二人の姉さん達の方が可哀想だと思っていましたので、全然気にはなりませんでした。そんないろんなことに、薄々気が付いていたお父さんは、見て見ぬ振りをしていました。奥さんに何か文句を言えば、必ず10倍は返って来ますので、面倒臭かったのです。
「シンデレラ、ここの窓枠汚れてるわよ」
「はーい!」
「シンデレラ、靴磨いてくれた?これから出掛けるんだから急いでよ」
「はーい!」
「シンデレラ、隣の猫がまた入って来たわ。早く追い出してよ」
「はーい!」
「ああっもう、何でいつも楽しそうなのよ、あの子」
「いじめがいがないったらありゃしない。全くどういう神経をしてるんだろうね」
「これじゃあストレスの解消どころか、こっちが溜まっちまうよ」
まま母と姉さん達は、雑用は全部シンデレラに押し付けて、いつも綺麗に着飾っていましたが、いつもイライラしていました。クルクルと楽しそうに働くシンデレラが、不思議で不思議でしょうがありません。それに朝から晩まで働いているのに、どうしてあんなにツヤツヤと血色が良くて、太っているのでしょう。
これはでも、当たり前のことでした。
食事は作る時には味見をしなくちゃいけませんし、スタイルを気にするまま母や姉さん達が食べ残した、食事やデザートも、シンデレラが全部食べていたからです。
いっぱい働けばいっぱいお腹が空きます。
シンデレラは時にはお使いに行った先で、残ったお金で、お菓子を買ったりすることもあったのです。シンデレラはやりくりも上手でした。
ある日、お城で舞踏会が催されることになりました。
シンデレラの家にも、招待状が届きました。
王子の花嫁を選ぶおつもりだと、国中で専らの噂です。
さて、当日のことです。
「おまえは家で留守番だよ、シンデレラ」
まま母が冷たく言いました。
「あんたが行っても恥をかくだけだわ」
上の姉さんも言いました。
「そうそう、あんたに合うドレスなんてないものねぇ」
下の姉さんも言いました。
シンデレラはお城の舞踏会にも、着飾って外出することにも、興味はありませんでした。それよりもうるさい姉さん達がいないと、仕事がはかどります。今日は大急ぎで後片付けを済ませて、クリームのたっぷり入った甘いココアを作って、暖炉の側でおやつの甘食と一緒にいただきましょう。そんなことを考えながらシンデレラは、姉さん達のために、ドレスのボタンを止めたり、ドレスに合う靴を選んだり、髪を綺麗に結ってあげたりもするのでした。シンデレラはとても器用だったのです。
まま母と二人の姉さん達は、いそいそとお城へ出掛けて行きました。
そこへ現れたのは魔法使いのおばあさん。
「可哀想に。おまえも城に行きたいだろうに」
「いいえ、ちっとも。おばあさん」
シンデレラは答えました。
「だってわたし、ダンスちっとも好きではないんですもの」
それよりも早くお掃除を終わらせて、一人で気兼ねなく、好きな物を好きなだけ食べる方が、何倍も楽しいことのように思えました。今日はちょっぴり、そういう気分を味わえそうなのです。
「・・・・・」
魔法使いのおばあさんは途方に暮れました。
それでも気を取り直して、もう一度言いました。
「でもおまえ、お城にはそれは豪華で珍しい食べ物が、いっぱいあるというよ」
「まあ・・・」
途端にシンデレラの瞳がキラキラと輝きました。
豪華な食べ物、珍しい食べ物、どちらもシンデレラには見当がつきません。生ハムのサンドイッチよりも美味しい物かしら。シンデレラはあまり高価な物を食べたことがありませんでした。
魔法使いのおばあさんはもう一度尋ねました。
「おまえもお城に行きたいだろう?」
魔法使いのおばあさんが杖をひと振りすると、キッチンに転がっていたカボチャが、貴婦人が乗るような、とても優雅な馬車に変わりました。御者はそこに運悪く餌を求めて出て来たネズミ達です。
「さあ、この馬車でお城に行くといいよ」
おばあさんは少しばかり勿体をつけて言いました。
魔法使いのおばあさんは今度はシンデレラに向って杖を振りました。するとどうでしょう。シンデレラは忽ち、輝くばかりのドレスを身に纏った、美しいお姫様に変身したのです。シンデレラはコロコロと太ってはいましたが、綺麗な顔立をしていました。
満足げに頷くと、魔法使いのおばあさんは懐から、大きなガラスの靴を取り出しました。
「これを履いてお行き。きっといいことがあるよ」
「ステキ、ぴったりだわ」
シンデレラは特別足が大きかったので、靴はいつも特注でした。でも新しいお母さんは勿体ないと言って買ってくれませんので、この頃は裸足でいることの方が多かったのです。素足というのも、時にはとても気持ちの良いものですが。ガラスの靴は履いていることを忘れてしまうほど、履き心地の良いものでした。
最後に魔法使いのおばあさんは、シンデレラに一つだけ注意をしました。
「魔法は12時には解けるからね。それまでには帰るんだよ」
「ありがとう!おばあさん」
盛大な舞踏会でした。
シンデレラはまるで夢を見ているような気分でした。
大きなテーブルの上には、初めて見るような豪華な料理や、お菓子やフルーツが、所狭しと並べられています。どれも美味しそうに見えました。シンデレラは片っ端から食べ尽くす勢いで、料理やお菓子に手を出しました。お城には国中の若い娘達が招かれていましたが、ダンスより食べることに熱中していた娘は、おそらくシンデレラただ一人だったでしょう。
シンデレラは気は付きませんでしたが、パーティの会場となった大広間では、すっかり注目の的になっていました。金銀の縁取りのついた鮮やかな衣装はとても目立っていましたし、そのTVチャンピオンの赤坂さんにも匹敵する食欲は、十分に周囲の目を引きました。
シンデレラのまま母も二人の姉さん達も、シンデレラを見て大層驚きました。
「まあ、なんて美しい方かしら」
「それになんて綺麗なドレスでしょう」
そのお姫様がシンデレラだということは、勿論気が付いていません。
「でも、あんなにおデブさんではね」
「本当に良くあんなに食べられること」
姉さん達は少し安心しました。顔やドレスで適わなくても、スタイルでは自分達の方が遥かに上だと思ったからです。
でも、どこに幸運が転がっているか解りません。
王子様が一目でシンデレラに恋をしてしまったのです。
「なんて幸せそうに食べる人かしら」
王子様はシンデレラの食べっぷりに、すっかり感動してしまいました。王子様の知っている、お城の女の人達は、みんな太るのをとっても気にしていましたし、誰も大口を開けて食べたりはしなかったからです。若い娘ならなおのことです。
「踊っていただけますか?」
王子様はシンデレラに思い切って声をかけました。
「え?でもわたし・・・」
女性をダンスに誘うのは礼儀だと思ったのですが、王子様はシンデレラの困ったような表情を見ると、すぐに話題を変えました。
「テラスに出て食べながらお話しましょう。風が気持ち良いですよ」
実は王子様も、ダンスがそれほどお好きではなかったのです。シンデレラは小さく頷きました。
テラスにもどっさり御馳走が運ばれました。それから王子様は淡い虹色のグラスを、シンデレラに勧めました。それはウットリするほど甘い、口当たりの良いカクテルでした。王子様の勧めてくれる料理はどれもとびきり美味しい物でした。シンデレラは王子を間近に見て、なんて素敵な人だろうと思いました。王子様はお話も上手でしたので、シンデレラはすっかり時間を忘れてしまいました。
その時12時の鐘が鳴りました。
知らない間にそんなに時間が経っていたのです。
「大変だわ」
シンデレラは急いで立ち上がると、王子様の手を押し退けて、物凄い勢いで出口に向って駆け出しました。呆然としている王子様を、振り返って気遣う余裕もありません。
「待って君、名前を・・・・」
王子様は慌ててシンデレラの後を追い掛けました。
ダダダダダーッ。
シンデレラは一目散にお城の長い階段を駈け降りました。王子様も全速力で走りましたが、死に物狂いのシンデレラの足には適いません。とうとう途中で見失ってしまいました。
魔法が解けたのは、シンデレラがお城の門をくぐり抜けた直後のことです。
走り過ぎて胸がドキドキしていました。さあ、カボチャの馬車はもうありません。まま母と二人の姉さん達が帰って来る前に、家に戻っていなければなりません。現実に引き戻されたシンデレラは、今までになくガッカリしました。でも、シンデレラはいつだって前向きに考えられる娘でした。とびきり美味しい、素敵な夢を見たと思うことにしましょう。
歩き出そうとして思わずよろけそうになったシンデレラは、初めて自分がまだ、ガラスの靴を履いていることに気付きました。片方はどこかに落としてしまったようですが。
・・・これは魔法ではなかったのかしら。
シンデレラはガラスの靴をそっと抱きしめました。
お城では、シンデレラのもう片方の靴を、大切そうに胸に抱いた王子様が、階段の途中に佇んでいました。美しい光沢のガラス細工の大きな靴。この靴の持ち主こそ、自分の探し求めている花嫁に違いないと、王子様は確信したのです。
王様とお妃様は、王子様の告白を聞かれて、大層お喜びになりました。
「まことに良い腰付きじゃったのぉ」
「きっと王子をたくさん生んでくれましてよ」
王様とお妃様も王子様と同じで、女の人のスタイルがどうのとつまらないことは、全く気にかけていませんでした。それに王様は浮気のできない性格の方で、跡継ぎは王子様お一人だったのです。
あくる日早速王様は、国中にお触れを出しました。王子の結婚相手はあの大きなガラスの靴のピッタリ合う娘だと。なにしろ大きな靴でしたので、あの娘以外に該当者はいないと思ったのです。
王様の家来が総出で、丸一日かかって、国中の靴屋を回って探しました。
同じ靴を取り扱っている靴屋さんは見つかりませんでしたが、同じ位大きな足の、婦人用の靴を作ったお店が、一軒だけ見つかりました。
「お父上が再婚なすってから、さっぱり注文を受けていませんなぁ」
お店の主人は、依頼主が注文先を、別の靴屋に変更したと、思っているようです。
そして、お使いの者がシンデレラの家にやって来ました。
まま母も2人の姉さん達も、降って沸いたような幸運に、それはもう大騒ぎです。靴のサイズさえ合えばいいのですから。2人の姉さん達は人並み外れて足が小さかったのですが、ストッキングにわざわざ詰め物をして、お使いの者が差し出すガラスの靴に足を通しました。けれどそれでもブカブカで、歩けたものではなかったのです。まま母まで試してみようとして、お使いの者に、鄭重に断わられました。
「他に若い娘さんはおられないのですか?」
お使いの者が困り果てたような顔で尋ねました。靴屋が言う途方もないサイズの若い娘が、確かにこの家にいると聞いてやって来たのです。
「他に娘はおりません」
まま母が答えました。自分もガラスの靴を履いてみたかったのに断わられたので、いつもよりさらに不機嫌になっていました。
「私も履いてみていいですか?」
その時台所の床をせっせと磨いていたシンデレラが、皆が集まっているポーチに出て来ました。ずっと聞き耳を立てていたのです。
「おまえには関係ないんだよ。あっちに行っておいで」
まま母が叱りつけました。今度ばかりはシンデレラも黙っていません。
「だって私もこの家の娘ですもの」
下働きとしか見えない身なりのシンデレラでしたが、一応若い娘ですし、お使いの者はシンデレラにも靴を履いてみるように勧めました。
ガラスの靴はまるであつらえたように、シンデレラの足にピッタリとおさまりました。
まま母と二人の娘が呆然とする中、シンデレラはもう片方の靴を、エプロンのポケットから取り出しました。なんとも素晴らしい魔法使いのおばあさんのプレゼントでした。
こうしてシンデレラは王子様の花嫁となって、お城に迎えられました。
その後シンデレラは、いつも美味しいものに囲まれて、楽しく幸せに暮らしました。シンデレラは人一倍食べましたが、人一倍働き者で健康で、その上器用でやりくりも上手でしたので、王様やお妃様は勿論、お城の皆から慕われ、頼りにされました。王子様との仲も誰もが羨むほど円満で、丸々と太った王子を8人もうけて、国は長く栄えたということです。
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