かぐや姫

 むかしむかしあるところに、竹取りの翁と呼ばれるお爺さんがいました。
 ある日、いつものように竹を取りに行ったお爺さんは、竹林の奥に何か光るものを見つけました。不思議に思って近付いてみると、それは一本の大きな竹でした。その竹の中から、眩しい位の黄金の光が漏れ出ていたのです。
「なんと、不思議なことじゃ」
 それがあんまり美しかったので、お婆さんにも見せてあげたいと思ったお爺さんは、早速ナタで竹を切り落としました。
「こりゃあ、まあ!?」
 お爺さんは吃驚仰天して、思わず尻餅をついてしまいました。
 なんと、竹の中には、玉子のように丸い、赤ん坊がいたのです。掌に乗るほどの、なんとも愛らしい、小さな女の子でした。お爺さんはそっと女の子を抱き上げると、掌に包んで連れて帰りました。
「お婆さんや、見てごらん。竹の中から生まれた子じゃ」
「まあ、なんて可愛いこと。きっと子供に恵まれない私らに、神様が授けて下すったんだね」
 お爺さんとお婆さんは、可愛い女の子がいれば、どんなに賑やかで楽しいだろうと思っていましたので、それはそれは大喜びで、神様に感謝しました。

 また、ある日のこと。
 お爺さんは黄金色に光る竹を見つけました。ナタで切り落としてみますと、今度は両手で持ち切れないほどの、たくさんの金貨が出てきました。
「なんと親切な神様じゃ。これで姫にもたんと美味い物を食べさせてやれるのぅ」
 お爺さんとお婆さんは大金持ちになりました。
 女の子はかぐや姫と名付けられ、お爺さんとお婆さんの元で大切に育てられました。

 やがて歳月が流れ、かぐや姫は満月のような、ぽっちゃりにぽちゃが後5回は続く程、丸々とした娘に成長しました。その時代はふくよかな女性が理想でしたし、何よりもかぐや姫は、顔立が愛らしく、また透き通るような白い肌と輝くように豊かな黒髪をしていました。姫が年頃になると、求婚者が後を断たず、その噂はいつか、遠く都にまで届くほどになりました。

「お願いです、姫を私の元へ」
「いえいえ、なんとしても私の花嫁に」
「いや、私こそが姫の夫に相応しい」
 日ごと、やんごとなき若者達が、姫の元を訪れました。
 そこでかぐや姫は、彼らに条件を出しました。

「私は私よりたくさん食べられる方でなければ、お嫁には行けません」
「そして、私より早く食べられる方でなければ、お嫁には行けません」

 ある若者はおにぎり、別の若者はスイカ、また別の若者はお団子を抱え切れない程持ち込んで、かぐや姫に勝負を挑みました。けれども、大食い競争でも早食い競争でも、誰一人として、姫に適う者はいなかったのです。
 そうして、毎日のようにいっぱい、美味しい物を食べ続けたかぐや姫は、ますますつやつやと丸さを増して行きました。

 ところが、その年の夏が過ぎ、秋の気配がする頃になると、かぐや姫はだんだん元気がなくなって来ました。食べ較べ競争も断わり、部屋に閉じこもっては、溜め息混じりに砂糖菓子をかじる毎日でした。お爺さんとお婆さんは、姫が病気ではないかと心配しました。
「姫や姫。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのじゃ?」
「頭が痛いのかい?それともお腹が痛いのかい?」
 二人は代わる代わる姫に尋ねました。
「いいえ、お爺さまお婆さま。ご心配は要りません。わたしは元気です」
 かぐや姫はいつもそう答えました。

 秋も深まって来ました。
 気のせいか、ずっとずっと高くなった空に、夜にはくっきり月がかかります。かぐや姫は今ではお菓子も食べず、日に日に丸くなってゆく月をぼんやり眺めるばかりでした。

「かぐや姫、おまえは本当に病気になったに違いないよ。今日だってご飯を5回だけ、それにどんぶりに3杯しか食べなかったじゃないか。どうしてそれが元気なものかね」
「そうですよ。病気でないのなら何か悩みでもあるのでしょう。爺か婆に出来ることがあったら何でも言っておくれ」
 月を眺めていたかぐや姫のほっぺたに、つーっと涙が流れ落ちるのを見た夜のことです。たまりかねたお爺さんとお婆さんが、かぐや姫に詰め寄りました。
 きっともう、かぐや姫は隠しておけないと思ったのでしょう。着物の袖口で涙を拭いながら、小さな声で答えました。
「お爺さま、お婆さま、今まで黙っていてごめんなさい。私はもうすぐお二人と、お別れしなければならないのが悲しくて泣いていたのです」
 まるで考えてもみなかったことなので、お爺さんとお婆さんは心底驚きました。
「一体どんな理由があってそんなことを」
「はい。実は私はわけあって、あの月から遣わされて来たのです。この次の満月の夜に、月から迎えが参ります。私は帰らなければなりません」
 お爺さんとお婆さんはすっかり狼狽えて、かぐや姫にどうにかしてずっとこの家にいられる方法はないものか尋ねました。しかしかぐや姫は、悲し気に首を振るばかりです。そしてまた、はらはらと涙を零しました。
「お優しいお爺さま、月へ帰ってしまったら、もうお爺さまが掘って来てくれた、美味しいタケノコが食べられなくなります。お優しいお婆さまと別れてしまったら、お婆さまが作って下さる甘いぼた餅が食べられなくなります。お庭の柿も、うまか屋のおせんべいも、西洋屋のショートケーキも、もう二度と食べられなくなるのです。それを思うと悲しくて悲しくて仕方がありません。でもこんなことをお話すると、私がお二人より食べ物を気にかけていると思われそうで、打ち明けるのは気が引けました」
 お爺さんもお婆さんも、かぐや姫が優しい正直な娘であることを、よく知っていました。だからそれを聞いてもハラを立てるどころか、うんうんと頷いて一緒に泣き出しました。
「そうかそうか、よく話してくれたのぅ」
「可哀想に。大好きな人と別れるのも、美味しい物が食べられなくなるのも、どちらも同じ位に悲しいことですからねぇ」
 こうして3人は、夜が明けるまで泣きながら語り合いました。これまで過ごした日々が、皆で仲良くいただいて来た食事やおやつが、尽きることなく思い返されて、悲しみは増すばかりでした。

 ついに満月の夜が来ました。
 お爺さんとお婆さんは朝早くから、かぐや姫に持たせるために、たくさんのお弁当やぼた餅を作りました。かってかぐや姫に求婚した、都の金持ちの貴族が、噂を聞いて次々と逢いに来ました。彼らは姫に挨拶を済ませると、皆で集まって何か相談を始めました。
 やがて日が沈み、丸くて大きな月が、かぐや姫の家を明るく照らし出しました。その光の道を通って、立派な牛車と大勢のきらびやかな人々の行列が、静かに舞い降りて来たのです。
「お迎えに参りました、かぐや姫。さあ、ご一緒に月へ帰りましょう」
 一人の美しい女官が一歩進み出て、かぐや姫に一礼しました。
「はい、支度は出来ています」
 かぐや姫は傍らのお爺さんとお婆さんの手をそっと振り解くと、ゆっくり顔を上げました。すると光の道がさらに伸びて、見事な黒牛に牽かれた車が、音もなく近付いて来て、かぐや姫のすぐ目の前に止まりました。従者が手を差し伸べ、かぐや姫を光の道へと誘います。かぐや姫は光の上から今一度、お爺さんとお婆さんに深々と頭を下げました。
「お爺さまお婆さま、これまで大切に育てて下さってありがとうございました。どうかお元気で」
 お爺さんもお婆さんも悲しくて、何も言葉が出て来ません。
 その時です。
「暫くお待ち下さい」
 呼び止める声がありました。
「我々から月のご使者の方にお願いがあります。お聞き届けいただきたい」
 かぐや姫に求婚した若者たちでした。
 いつの間にか庭に勢揃いしていたのです。
「何事ですか」
 先程かぐや姫に話しかけた女官が、静かに若者たちに尋ねました。
「姫を連れて行くなという申し出であれば聞きませんよ」
「そうではありません。我々から姫に贈り物がしたいのです」
「贈り物?」
「はい、これがその目録です」
 若者の一人が畳んだ目録を頭上に掲げました。するとそれはひとりでに宙に浮いて、するすると女官の手の中に収りました。

 一、うまか屋の特選せんべい百年分。
 一、西洋屋のショートケーキ全種類百年分。
 一、虎の子屋の羊羹とお饅頭それぞれ百年分。

 目録はまだ続きます。それにはかぐや姫の大好物ばかり、ずらりと百年分、並べてありました。しかも最後の方には、時期もの、手作りものとして、お爺さんの掘ったタケノコや、お婆さんの作ったぼた餅も、届けられる時には必ず送ると記してあります。
 女官は目を点にして若者たちを見返しました。
「これを・・・全部とな?」
「はいっ」
「勿論ですっ」
 口々に答える、どの若者の眼差しも真剣でした。
「勿論百年分一度にというわけには参りません。姫が望む時、痛まぬ内に食べられる量を少しずつ、お送りしたいと思います。お願いとはそういうことなのです」
「お聞き届け願えますか?」
 女官は最初当惑して、目録と若者たちを交互に見較べていたのですが、不意にクスクスを笑い出してしまいました。なんと気持ちのいい若者達ではありまセんか。かぐや姫がこの国で、どんなに愛され大切にされてきたか、解ります。それはとても嬉しいことでもあったのです。
「承知致しました。姫が所望すればその都度こちらから使いを送る。それでいいですね?」
「はいっありがとうございます」
「わたしからも姫を大事に思ってくれて礼を言います」
 かぐや姫も若者達に感謝の気持ちを伝えました。
 かぐや姫が牛車に乗り込むと、光の道は月へと進路を変え、見る見る内に満月に吸い込まれて、やがて見えなくなりました。

 月に帰った後もかぐや姫は幸せでした。
 若者達のお陰で大好きな物を、いつでもお腹いっぱい、食べることが出来たからです。おまけに月では、身体がとても軽く感じられるので、丸々と太ったかぐや姫でも、ウサギみたいに飛んだり跳ねたりして遊べるのです。若者達の贈り物をわくわくしながら待つのも素敵でしたが、月にも美味しいものがいっぱいありました。その両方を心ゆくまで食べても、姫はずーっと軽やかで健康な、真ん丸美人でした。
 お爺さんとお婆さんもまた、若者達への品物の注文と一緒に届くかぐや姫の便りが、いつもいつも楽しみでした。かぐや姫に逢えないのはとても寂ししいことでしたが、かぐや姫に少しでも長くタケノコやぼた餅を送れるようにと、気を付けて随分達者で長生きをしたそうです。