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むかしむかし、子供のいないある老夫婦が、神様にお願いして一人の娘を授かりました。チューリップの花から生まれたその小さな女の子は、親指ほどの背丈しかなかったので、親指姫と呼ばれ、大層可愛がって育てられました。ところがある夜のこと、親指姫をお嫁さんにしようと思った沼のカエルに、さらわれてしまったのです。
親指姫が睡蓮の葉の上で泣いていると、沼の魚が言いました。
「可哀想なお姫様、あなたがそんなに小さくて軽いからさらわれてしまったのですよ」
「そうかも知れないわ」
と、姫は思いました。
魚は睡蓮の茎を切って、親指姫を助けてくれました。
でも、今度は葉っぱに乗ったまま、親指姫はどんどん川に流されてしまいました。そこへ、ぶんぶん羽音を立てて、大きな黄金虫が飛んで来ました。
「これはちっぽけなお嬢さん、どこへ船旅かな」
「流されてるのよ。お願い黄金虫さん、わたしを岸まで引いて行って下さいな」
「お安い御用さ。でも、二度と流されたりしたくなければ、もっと重く丸く大きくなることだよ。私みたいにね」
「全くその通りだわ」
と、姫は思いました。
見知らぬ土地に流れ着いた親指姫を助けてくれたのは、地ねずみのおばさんでした。水しぶきに濡れて震えていた親指姫を、地面の下の巣へ招待して、温かいスープをご馳走してくれたのです。
「帰る家が解らないならここに住むがいいさ」
親指姫の話を聞いて、心底気の毒に思った地ねずみのおばさんは、優しく言いました。
「これからだんだん寒くなるからね。ここで冬を越すんだよ。そうだね。まずはたくさん食べてもっと太らなくちゃ。そんな痩せっぽっちじゃ凍えてしまうよ」
「ええ、そうするわ。ありがとう、ねずみのおばさん」
親指姫は答えました。
その日から親指姫の新しい暮らしが始まったのです。
最初の内は、おばさんが出してくれる大盛りの食事を残さず食べるのは、ちょっと大変でした。でも、冬支度の手伝いでくるくると忙しく働いている内に、不思議なほど食欲も涌いて来て、すぐにお代わりをするようになりました。親指姫が痩せっぽちなのを、随分気にしていた地ねずみのおばさんは、とても喜んでくれました。そして、樹々の間を木枯らしが吹き抜け、森が真っ白な雪にすっぽりと埋もれてしまう頃には、姫はすっかり太って、顔も身体もつやつやと丸くなりました。おばさんが織ってくれたふかふかの毛のドレスは、親指姫の大のお気に入りでしたが、その姿はまるで、元気いっぱいのハムスターのようでした。
「とにかく一度ウチの娘を見にいらっしゃいよ」
地ねずみのおばさんは、会うひとごとにこう言って、親指姫を自慢しました。本当に実の娘のように、親指姫が愛おしかったのです。
「あの娘なら、どこのお金持ちと並んでも恥ずかしくない花嫁になるよ。たとえ、もぐら屋敷の若様とでもね」
ほどなくこの噂を耳にした、大金持ちのもぐら屋敷の跡取り息子が、こっそり親指姫の姿を見に来ました。なんと若様は、一目で親指姫に恋をしたのです。それから若様は、毎日のように親指姫の元を訪れるようになりました。
「なんて情熱的な方かしら」
親指姫も満更ではないようです。
若様は親指姫に早く会いたい一心で、もぐら屋敷と地ねずみのおばさんの家の間に、トンネルを掘りました。息子の話を聞いた、もぐら屋敷の大旦那様と奥様も、地ねずみのおばさんの家を訪れました。丸々と太って明るく元気な親指姫を、大旦那様と奥様もすっかり気に入りました。それから間もなく、もぐら屋敷から地ねずみのおばさんの元に、お親指姫をお嫁にという、正式な結婚の申込みがありました。おばさんは勿論大喜びです。
親指姫はというと、もぐらの若様が嫌いではなかったのですが、いえ、むしろ大好きだったのですよ。きっかけは多分、姫が作ったご馳走を、若様が片っ端から平らげてくれた様子が、本当に美味しそうで嬉しかったからです。親指姫は食べることも好きでしたが、料理をすることも大好きでした。本当は地ねずみのおばさんに教わるまで、料理なんて一度もしたこと、なかったんですけどね。それでも親指姫には、一つだけ不安がありました。もぐらのお屋敷に行ったら、お日様に会えなくなってしまうのではと思ったからです。
結婚が決まったのに、どことなく沈んでいる親指姫が、若様は心配でした。もしかしたら姫は自分のことが嫌いなのではないかしら。
ある日とうとう親指姫は、若様にその理由を打ち明けました。驚いたことに若様は、笑って言ってくれたのです。
「私もたまには日光浴くらいしますよ」
そう、もぐらは本当はお日様が嫌いじゃなかったのです。ただ、地下暮らしに慣れた目には、そのままでは眩し過ぎるので、日向ぼっこの時にはサングラスが必要なだけだったのです。
親指姫はみなに祝福されて若様と結婚しました。地ねずみのおばさんも屋敷に招いて、それからはいつまでも幸せに暮らしたということです。めでたいですね。
え?ツバメはどうしたのかって?
そうそう、確かにそういうこともありましたね。
親指姫が若様とデートを楽しんでる時に、病気のツバメを見付けたんですよね。ツバメはもぐら屋敷で手厚い看護を受け、元気になって、無事南の国へ旅立ったそうです。
親指姫がツバメと一緒に行ってしまったのではないのかって?
そんなこと無理だと思いますよ。だって、ツバメの背中に乗って空を飛ぶには、親指姫はちょっとあんまり、その・・・・・。
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