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今も余震が続いてる状況だが(3月25日現在)福岡西方沖地震に関連したお話を。
地震が発生したのは3月20日午前10時53分。
私は地下鉄に乗っていた。11時に友人と博多駅で待ち合わせをしていたのだ。中洲川端を出たところで電車が急停止した。「震度5の地震が発生しましたので安全の為一時停止しました」とアナウンスが流れた。地下鉄は大きな地震を感知すると自動的に停止するような仕組みになってるそうだが、私は全く気付かなかった。え?何?地震?揺れたっけ、といった感じ。私はドアに一番近い椅子に座っていた。向かいのドアの側に立っていた男性がすぐに携帯をかけていた。そっちはみんな大丈夫か、家具とか倒れたりはしてないか。家の様子を聞いてるらしい。私も友人にメールを出した。途中で電車が緊急停止してしまったことを知らせたかったのだが、その時はもう携帯が繋がりにくくなっていた。・・・実際にメールは2通出したが2通とも届いていなかった。暫くして動き出した。徐行運転で次の駅までは運んでくれたが、そこで全員降ろされた。後で知った話。開業したばかりの地下鉄3号線では、機能が正常に動作せず、乗客は1時間以上閉じ込められた末、真っ暗な線路上を次の駅まで歩かされたのだとか。
待ち合わせのバス停で、椅子にへたり込んでいた友人は、地下街で地震に遭ったと話していた。気付かなかったと言ったらおかしいと言われた。地下鉄ってもしかして揺れないの?まさかねえ。目の前で話していた男性は、震度5を体感したから電話をかけたのだと思ったし。その時は。
JRを利用している友人は、帰りの交通手段を心配していた。でもバスが来たので乗った。博多港国際ターミナルビルで開催された某イベントに行ったのだ。解る人には解ると思うけど。友人はオタクですが私はオタクではありません(^-^;)後から思えば、あの状況で帰宅することを全く考えなかった私達って、もしかして相当脳天気だったかも。博多港国際ターミナルビルのある埠頭は、半壊状態になっていた。でもそれも、バスがエントランスの正面に発着するので、帰ってからテレビのニュースを見るまで全く知らなかった。
金沢の友人からメールが入ったので、取り敢えず「気付かなかった、今イベントに来てる」と返信したら「福岡にいるんじゃないの?」不審がられてしまった。携帯で改めて情報を見て吃驚した。震源地が福岡になっていたからだ。福岡がまさか大地震に見舞われるなんて。その時は無論、大地震とかの感覚は全然なかったが。
午後帰宅する途中の天神を見た時、何か大変なことになっているのでは、と初めて思った。イベント会場でも随時情報は流していたので、ある程度のことは把握していたが、耳で聞く情報なんてホント実感が伴わない。デパートも商店街も軒並みシャッターを降ろして、号外が飛び交っていた。バスも電車も不通になっていたので、ターミナルには情報を求める人々が群れをなし、地下街も通路はひっそりとしているのに、地下鉄の改札口には人がいっぱい溢れていた。デジカメを携帯していたにもかかわらず、写真を撮るという行為を全く思い付かなかった。少しばかり残念な気も。まあ、こういう記念写真はあって嬉しいものでもないけど。
通常通り動いていたのは高速を経由しないバスだけだ。我が家は中央区。天神からは歩こうと思えば歩いて帰れる距離だが、さすがにそこまで呑気にはなれなかったので、バスで帰った。マンションは見た目普通、エレベーターもちゃんと動いていた。それでもドアを開けるのがちょっと恐かった。幸い飲みかけのコーヒーが落ちて、すぐ下にあったティッシュペーパーを直撃したくらいで、大した被害はなかった。落下した物はいっぱいあったけど。ご近所のマンションに住むもとお隣さんは、私と同じく6階。金魚鉢がひっくり返って割れ、部屋が水浸しになった上に、振動で食器棚の扉が開いてガラス食器がかなり割れたという話を聞いた。
親戚から電話があった。テレビのニュースで玄海島が壊滅状態になってるのを見て、心配してかけて来たのだった。実は私は、玄海島という名前も、それが市内にあることも知らなかった。ニュースを見て凄いことになってると、改めて感じた。しかも地下鉄では震度5というアナウンスだったが、これは博多区で、中央区は震度6弱だったらしい。壁が落ちたりドアが歪んだりして、住める状態ではなくなったマンションも多い。幸運だったのかなぁ。
震度3の余震は体感した。それからもたびたび余震はあるのだが、ニュースでは180回とか190回とか言ってる有感地震、私はせいぜい10回程度しか感じていない。鈍いんだろうか。
今朝テレビで災害弱者の特集をしていた。耳と目に障害のある若い女性がインタビューに手話で答えていた。「地震が起こった時、父と地下鉄に乗っていました。全然揺れなかったので、父が一緒でなければ何が起こったか不安たっただろうと思います」そうだったのか、気付かなくてもヘンじゃなかったんだ。記憶をどう辿っても、地震が起こった瞬間が思い出せなくて、実は少し不安になっていた。もしかして記憶が一時的に抜けちゃったのでは、とまで考えた。飲み過ぎて記憶が飛ぶというのはたま〜にあるけど、シラフでこれはコワい。
ところで、福岡では地震保険に入ってる人の割合いが、全国平均以下だそうだ。地震直後から保険会社には、問い合わせの電話が殺到しているらしい。ある友人は、防災グッズを揃えるのに必死になっていた。「また今度、あんな地震が来たらと思うと恐いじゃない」と友人。「そんなん、1回あったらもうないって」気楽に答える私。本震を体感した人と、全く体感してない人の差かも知れないと思っている。
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