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状況としては、ある日突然片方の目が見えなくなった。思い切りプラス思考の私は一晩寝たら元通りになるかもと考えて、その日は早めに寝ました。翌日もやっぱり見えなかった。で、これはさすがに不味いと、近所の眼科のクリニックへ行った次第です。我ながらバカですねぇ。診察の後で手術は早い方がいいと言われ、もうすっかりパニックに陥ってしまいました。とはいえ、放っておいてもどうしようもないので、覚悟を決めてすぐに紹介状を書いてもらった総合病院へ。即入院ということになると思ったんですが・・・。
「今混んでるんですよ」思わず「へ?」
いや、あれには吃驚しました、というか、力が抜けた。予約しますかと聞かれ、一番早い日を予約しましたが、それが1ヶ月半も先のこと。入院した後でそれがごく一般的なことだと知った。いっぱい待たされるのは、なにも外来だけじゃなかったのだ。
いくら目でも手術は手術、生命に関わることだってあり得ます。一度でも手術した人は解ると思いますが、手術に必要な同意書は、最悪の場合を想定してのものです。医療ミスってこともあるし、まあそこまで考えたらキリがないですけどね。私も一応、何かあった時のことも考えました。パソコンはロックしておいた方がいいかなとか、部屋があんまり汚いのも誰かに見られたら恥ずかしいので整理しなくちゃとか。それも最初だけ。待たされた時間があんまり長くて、その頃には何か起きるような気が全くしなくなっていた。んで、部屋もパソコンもそのまんま(笑)
そしていよいよ、ハラハラドキドキ初体験です。
入院が初めてなら手術も初めてだったのだ。なにしろ未だに盲腸を大事にとってあるほど、物持ちのいい私(^-^;)
病室は6階の突き当たりの6人部屋。どこもしっかり満室で、待ち状態という話を聞きました。そういえば、個室は頼まれても入りたくないけど(だって寂しい)聞かれもしなかったなあ。
全員が眼科の患者さんかと思ってたらそうでもなく、それでも眼科の患者さんが多いことは確かですが。前のベッドの人は首に包帯を巻いていたし。その人がやたらお喋りなもので、隣のベッドの人が耳の手術で入院したことを知りました。反対側の隣のベッドの人は、ガンの手術をしたらしい。病状が安定したら抗ガン剤の治療を始めましょうという話が、カーテン越しに耳に入ったのです。ガンは決して不治の病とは言えないが、それでも大変な病気には違いない。なんか隣だからって、うっかり触れてはいけないことのような気がちょっとした。
ところで、それまでの私の入院のイメージは、カラカラと点滴の装置を引き摺ってトイレに行くというものでした。最後までしっかりさっぱり縁がなかった。それでも最近では珍しく大変な手術だった。と、退院前に先生に言われた。多分そんな事情もあって、手術は全身麻酔でした。この点に関しては多少不安だったんですよね。しかも。
「手術は知らない間に終わってしまうけど麻酔がね」
「背中にぶっとい注射されて」「そうそ、あれは痛い」
脅しとしかいいようのない体験談まで聞かされて。
麻酔は脊髄ではなく手の甲からの点滴で、全然痛くなかった。その前に傷みを緩和させるシールも貼られたし。麻酔の主任さんから立派な血管してますねと言われた。立派な血管ってどういう意味だ?何でも首から上の手術の場合は、この方法が一般的なのだそうだ。
ハッキリ言って本当にキツかったのは、手術直後の夜だけだった。
翌朝の診察の前に洗眼。手術は時間的には最後だったので半日しか経っていない。眼帯を外すと、眩しい光が入って来た。ありゃもう見えるじゃん。取り敢えず手術は成功したってことよね。待てよでも。
大昔の少女漫画の知識しか持っていなかった私の想像では、1週間後に包帯を取ってもらった主人公が「み、見えるわ○○さん」(ここの○○には、両親または好きな人の名前が入る)う、古典的過ぎるって言われそうだな。そこまではまあ大袈裟だとしても、入院マニュアルには眼帯が取れるのが3日後と書いてあった。これは眼帯が必要なくなるという意味だったんですね。私はてっきり、目を開けてもいいのが3日後だと思い込んでいました。余談だがこの後月9のドラマを見て、竹内結子が海辺で包帯を取るシーンには笑えた。目の手術はドラマの中ではウソの話だ。しかしいくらウソでもあれはない。それ以前に目をしっかり開けて見えないフリをすることが、まず無理だと思う。黒メガネでもかけてればまだしも。んなことしたら顔が隠れてゆーわく出来ないか(笑)そういう筋書きだったので。
体はとっても元気なのに、外に出られないので運動不足。ベッドで軽く体操でも、なーんで始めたら「何やってんの!」と、看護士さんが飛んで来た。安静にしてなきゃということらしい。
入院グッズとして、CDプレーヤーとラジオと漢クロの本を2冊持ち込んだ。久し振りに聞くラジオはなかなか新鮮だった。金沢の友人が人に聞かれると恥ずかしいソフトを(同人系のね)いっぱいダビングして送ってくれたのだが、こういうのは昼間聞いてると、何だか後ろめたいことをしている気分になれる。滅多に逢わない元お隣さんが、ポットにコーヒー入れて毎日のように来てくれた。ご近所だってこともあるけど。病院は我が家から歩いても行ける距離。前もって宣伝したので、ずーっと逢ってなかった友人までお見舞いに来てくれた。
一人の時は大抵、寝っ転がってCDかラジオを聞きながら漢クロ。入院中に買って来てもらったスケッチブックに、イラストやコマ漫画を描いたり、ホームページ用のネタを考えたり。退屈だ〜とか言いながらも、結構楽しめることはある。
入院生活にも慣れた頃。
ガンという言葉はタブーだと思い込んでる私は、お隣の人とも結構話すようにはなったけど、聞いてはいけないことだと思っていた。ところが何かの話の展開から「私大腸ガンの手術でお腹を切ったの」・・・傷口を見せてくれた。お〜い(^-^;)首に包帯をしている前のベッドの人が「私もガンの手術をしたの」と言い出した。喉頭ガンだったらしい。すると、ごく普通の白内障で短期入院していた人が「私は20年前にガンの手術をしましてね」子宮ガンだか乳ガンだかで、どっちにしても20年も昔の話じゃ完治したってことだろうな。さらにとどめ、耳鼻科で入院していた人が「来年早々乳ガンの手術で再入院する予定なの」な、なんなんだ、これは。まるでガンが頭の上をガンガン飛び交ってる感じです。ガンってそんなにありふれた病気だったのか?思わず頭を抱えてしまった。
2年前に子宮筋腫の手術をして、同じ病院に2週間入院した友人の話。
「食事が激マズで絶対に痩せられるよ」
正味5キロは痩せたという。そりゃあまあ、病院食というのはカロリーが控えめだと思うので、間食でもしない限り太ることはないだろう。ここ10年ですっかり太ってしまい、切実に痩せたいと思いながら努力は全然しない私は、実はとっても期待した。・・・全っ然痩せなかった。第一激マズというほどの食事でもなかった。手術の内容が違うので献立も違ってたのかな。朝食が8時で4時間後にはもう昼食。それでもしっかり完食出来るのは凄い。これで痩せられるわけないって。親しくなった同じ病室の人と「痩せないねえ」「何でだろ」(笑)
入院前、帰ってからの楽しみに、缶ビールを2本冷蔵庫に冷やしておいた。退院の日取りが決まった時。飲めるぞ〜と、病室に戻ってみんなに報告した。よってたかって酒はまだ先だと苛められた。同室でも滅多に話したことのない人まで、手を振ってダメ出し。でも飲んだ・・・。
入院期間が当初言われてたより1週間延びた。早く退院したくて仕方がなかったのに、いざ退院してみると、もう1回入院してみてもいいなぁ(^o^)
退院3日前にこの冬最初の寒波が到来。退院した日も小雨混じりのメチャメチャ寒い日でした。入院した日は秋とは思えないような暑さで、ジャケットが邪魔になったくらいなのに、いつの間にか世の中はしっかり冬です。
一人暮らしなので、帰宅しても誰もいません。一人だと余計に寒く感じられる部屋。一応予定では入院は2週間だったので、冬物の整理は全くやっていない。未だにベッドの上にはタオルケット、エアコンは冷房のまんま。なんか無性に侘びしくなった・・・。寒い上に話相手もいない。一番辛かったのは待っててもご飯が出て来ない(笑)ストレスから鬱になってしまった。ストレスはご飯が原因ではない。新聞の字が(新聞だけじゃないけど)読み難くて、多分それが一番の理由です。友人に『入院したらその日数分だけリハビリに必要』だと言われ、気持が吹っ切れました。その時にもう一つ言われたことがあります。
「見えないものを無理に見る必要ないじゃない」
確かにその通りなのよね。これから目の手術をする人は是非参考にして下さい。
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